◆女郎蜘蛛
妖艶な衣装
8月半ばから猿島の至る所で見かけます。今年はとりわけ多いように思えます。
網の中央でどっしり構えているのが雌で、離れた隅でひたすら存在感を消して静かにしている貧弱なのが雄です。
女郎蜘蛛は少々視力が弱いこともあり動くものは食べてしまう癖があるそうで、雄が下手に近づくと食われてしまうのです。
ですから雄が交尾をするのは雌の脱皮時を“襲う”のがほとんどで、それ以外では食事中などスキを見せた時だけ。命がけなのです。
女郎蜘蛛の名は江戸時代からあったようです。その姿が、妖艶な衣装をまとった女官を連想させたのでしょう。
広辞苑によれば「一説には大奥の高級女官『上臈』から転じたものという」とあります。
魔性の匂い
たぐいまれな天与の美肌を持った16、7歳の娘の背に、腕きき刺青師清吉が精魂込めて彫り込んだのは女郎蜘蛛。
柔肌を女郎蜘蛛に抱きしめられた娘は、「清吉の命をもらった代わりに美しくなっただろう」と魔性を開花させます。その豹変した女に支配される清吉。
谷崎潤一郎24歳のデビュー作「刺青」です。谷崎美学にとって娘の美肌に彫られるのは、魔性を秘めた女郎蜘蛛以外は考えられなかったのでしょう。
ただ、小説は「其れはまだ人々が『愚(おろか)』と云う貴い徳を持って居て・・・」と、意味深長な言葉で始まります。
谷崎が「刺青」を通して何を書きたかったかはさらに考察が必要なようです。(木)