◆8cm高角砲座
航空機から本土防衛
写真の砲座跡は島の北端・亥の崎に残る対航空機用の8cm高角砲のものです。
よく見ると中央には砲を固定したボルトの名残が円形に残っています。手前の溝は通路と掩体壕で70余年間土に埋まっていましたが2019年に掘り出されました。
敵艦船の東京湾侵入を防ぐための東京湾要塞ですが、昭和に入ってからの本土防衛は対航空機に移り、昭和11年から島に8㎝高角砲4門が設置されました。
実際の戦闘の際はサイドに横檣(おうしょう)、正面に胸檣(きょうしょう)として、背丈くらいの高さに土嚢を積み上げて即席防御壁を作って迎撃態勢をとったようです。
奇跡の70余年
防禦壁を作っても頭上の防御はありません。昭和20年7月、バラバラ降ってくる爆弾やその破片あるいは銃弾を浴びながらの迎撃でした。
数か月前の東京や川崎の大空襲は、夜空を焦がす炎が横須賀からも良く見えたそうです。
いま砲座越しに東京湾や横浜の穏やかな景色を眺めていると、本当にそんな時代があったのか信じられないような気がしてきます。
時間の隔たりは悲しみや痛み、耐えがたいような経験すら少しずつ彼方へと押しやってしまうようです。
紛争、内戦、虐殺、侵略、戦争・・・絶えることがないのが人類の歴史。この地の平穏を本当にありがたく思います。(木)
2022年4月